ABOUT

うえしば

上芝 英司
ueshiba eiji

1979年大阪豊中服部生まれ。
喫茶と文筆に勤しむA型乙女座ヒゲメガネ。
企画や作文、図画工作が得意。喫茶ピーコック3代目店主、「くじゃく町」主宰。
亜論茶論、一生懸命を笑え、など。

最新情報はこちら https://peacock64.com/

経歴
background

15歳の時「終わらない歌/ブルーハーツ」をギターで弾けたことからバンド人生が始まる。ごく普通の高校に通いながら、バンドとバイトに明け暮れる日々。途中からはドラムも始め、器用貧乏に磨きがかかる。学年最下位をマークしつつもわりと充実した学生生活を送り無事卒業。

 

卒業後もバンド活動を続けるが、ある体験をキッカケに自分の中身のなさに気付き、バンドを辞め、工場で働いたりヒッチハイクで旅したりと放浪の日々が続く。22歳の時に目を怪我したことで地元に戻り、ライブハウスで働き始める。イベント企画やチラシデザイン、打ち上げの段取りや名刺交換を覚える。25歳の時、ほんの少しだけ悟りを開き、家業を継ぐ決意をする。

 

3代目店主として地元にどっぷり浸かり、おじさんおばさんじいさんばあさんと共に吉本新喜劇やじゃりン子チエのような毎日を送る。
昭和レトロな喫茶店にカフェのようなニュアンスを少しづつ足していき、「どちらかと言えば喫茶店かな」という絶妙のハイブリッドを生み出す。

 

10年ほど真面目に取り組んだ後、突如店を飛び出し、地域イベントを仕掛けたり商店会をまとめようとしたりする。バルイベントやフリマ、雑貨マルシェや野菜市などひと通り企画する。それだけでは飽き足らず、隣町や市内全域にちょっかいを出し、2016年「豊中こどもれもねいど」がスタート。農業のことは何もわからないまま、子供たちを集め、畑を行き来したり休耕地を耕したりし始める。

 

気がつけば、地域農業や地域経済、ブランディングやコミュニティについて語る人になっていた。それからは地域で活動する個人や団体と関わったり、単発でイベントを仕掛けたり。音楽から農業、映画上映会やマンションの管理人など、日々七変化。
その頃の合言葉は、「飛んできたボール全部打つ」だった。

 

2018年に入り、「まち」を自分で作ってみようと「くじゃく町会議」を連発。小さな文化経済生活圏、共有と分配のコミュニティなど流行のワードを連呼。その勢いに乗って「貨幣経済を終わらせる!」と宣言し途方に暮れるも、好奇心の強い人たちが周りに集まり始める。

 

39歳になったのを機に「これからは暇人の時代や!」と言い放ち、「暇の創造と可視化」という意識が高いのか低いのかよくわからないテーマを掲げる。同時に”一生懸命を笑え.net”もスタートし、マイウェイに磨きがかかる。暇を活かして、企画会議に参加したり、コンサルしたり、セミナーに登壇したり。2019年には「豊中こどもれもねいど」も終了し、いよいよもって隠居生活が始まる。

 

「男は40から」という言葉を信じ、オンラインサロン&シェアリビング「亜論茶論」に力を入れだす。小さくても確かな手触りのある関係性、あらためて「小さな文化経済生活圏」に重きを置く。喫茶店をしながら日々を文章で綴り、たまに集会を開いたり相談に乗ったり応援したり。

 

2020年7月、コロナウイルスが蔓延し世の中に自粛ムードが漂う中、かねてより温めていた「くじゃく町」をついに発動。オンラインサロンの発展形、インディーズSNSのような仕様でオンライン生活協同組合を発足させる。ちまちまと文章を書きながら、創造・融通・交換を合言葉に独自の経済圏を構築中。

 

コロナ時代の空気感に何だか嫌気がさし、より内側に意識を向けだすマインドフルネス。読む本もそっちに寄ってきた。

 

ストレッチ、深呼吸、静かな眠り。

 

 

噂や虚構に惑わされず、目の前で起こることを大切にしていきたい。

 

手触りのある毎日に一喜一憂していたい。

 

ただまっすぐ今に立って、親切丁寧穏やかに、柔らかく、強く。