こないだ「江戸時代の人口は3000万人くらいで、1日にみんな3時間くらいだけ働いていた。」みたいな記事を読んで、「あー、1億人いるから10時間くらい働いてるんかなー。」とか思ってしまった。
「仕事」というのは究極、「困りごとの解消」だと僕は思うので、人間が少なければそれなりに比例して減っていく気もするし、今よりももっと共同体というか「頼る文化」のようなものがあっただろうから「困らないように仕事して蓄えておく」というよりも「困ったら誰かに言えばいい」くらいだったんじゃないだろうか。
なんなら、3時間は仕事していて、あとの5時間くらいは「頼ったり頼られたりしていた」のかもしれない。
現代は「困りごとや不安がなくならないように適時努力している」ようなところがあるので、仕事がなくなるなんてことはないだろう。
変な話だけれど、「プラスチックがなくなったら食いっぱぐれる人がいる」んですよね。
綱引きやってるようなもんで、どこから見るかっていう話。
でも例えば、とある一定の輪の中で「困りごとを内々で解消する」ということはできるかもしれない。
3000万人が3000万人の困りごとを寄ってたかって世話焼きすれば、ひとり3時間くらい動けば何とかなるくらいの。
もちろん、循環型社会が基礎になくちゃダメなんだけど。
1年で壊れるものばっかり作ってたら、そりゃ毎日やることだらけになるよね。
1時間働いて何円貰えるか?という考え方ではなくって、1時間でどれだけの人の困りごとを解消できるか?って考えるのが本質的じゃないのかなぁ。
はたらくって。