42歳、最後の夜に。


 

(※この記事は、2022年9月16日にFacebookに投稿したものを転載しています。)

 

 

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もうさすがにこの年なんで、ハピバ的なもの全くないんだけど。笑

 

年の区切りなんて正月か誕生日しかないわけで、今の店のことぼそぼそと書いてみようと思う。

長いよ。

 

 

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いわゆる「厄年」のあたりはコロナウイルス真っ只中で、全世界を襲ってるとはいえ「厄年ってこれかぁ〜」みたいな解釈でふざけてたら、コロナサイドから「いや、オマエのために変異してるわけじゃないから」と言ってグーパンもらいました、2回。

 

僕もそれなりの飲食店なので結構な打撃はあったものの、それ以上に現実的に考えたり未来予測したりっていう解像度が上がったのでそれはそれで良かったと思う。

 

実際に2025年に後期高齢者云々だったり、大阪万博に合わせて世の中が動いてたり、駅前再整備だって、コロナ関係なしにその前からあった話だし、本屋に行けばそんくらいの未来予測なんて平積みされてるわけです。

 

 

だからまぁ、今回の極端でわかりやすい構造変化(変化というよりも、やってくる未来の解像度だけが先に上がったみたいな感じ)は僕にとってプラスだったのかもしれない。

 

 

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喫茶ピーコックに焙煎所を併設するのも、ミニマムな経営体制にするのも、機能から意味にシフトするのも、キャラや文脈を武器にするのも、僕が2018年あたりからやってきた社会実験を自分の暮らしに実装するための口実として「コロナでいろいろ変わりましたよね、まったく。」というフレーズはすごく便利に使える。

 

 

そういう意味では粛々と、自分の理想と現実を照らし合わせながら機械回路を設計するかのごとく緻密に配線しているのかもしれない。

 

 

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2013年に現在のピーコックを新築した時、これまでの服部個人店ガチ喫茶じゃ入りづらすぎるからとにかく若い人でも入りやすい店構えを、と窓も通路もドアも広くてメニューもわかりやすい「カフェチェーンと個人喫茶のハーフ」みたいなものを作ったわけです。

 

2018年あたりから「ローカルコミュニティ」や「機能から意味へ」みたいな流れを入れつつ、シンプルに「町の喫茶店」としても地に足付けた結果、パッと見「オシャレで小綺麗な町の喫茶店」として町人を受け入れつつも本棚や随所に店主の文化や哲学や美学が垣間見れる「昭和のクセスゴ喫茶」の割合を増していきました。

 

 

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そんでもって2023年。

 

年始3ヶ月で再改装し、おそらく喫茶ピーコックは「昭和39年から駅前にある文化施設」みたいなものになると思います。笑

 

 

駅前再整備や人口年齢分布図から見る地元民の構造変化や経済、周囲の土地開発、などなど、地元の流れを見ていても良いタイミングになったなぁと思う。

 

きっと数年内に大手カフェチェーンは入ってくるだろうし、おしゃれカフェやロースターもできる。改築や改装をしているので建物としての古さは出せない。

 

そうなってくると機能では全く勝てないので「意味」で勝負するしかない。

カフェチェーンもおしゃれカフェも参入できない、独自のゲームを始めようと思っとるわけです。

 

 

たぶんそれで10年くらいは持つんじゃないかな。

 

あとはまた、2030年頃に考えよう。

 

 

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43歳で本丸の喫茶を始めて、駅前の工事が45歳。

 

47歳で駅前が変わって、なんだかんだ落ち着くのが50歳前。その頃には万博が終わって2030年問題、脱炭素やら6Gやら。

 

それまで喫茶ピーコックが残ってたら、創業65年。

 

僕のキャリアも喫茶25年になるわけだ。

 

 

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まぁ、社会や人の感覚がどういう風に変わっていくかなんて、どれだけやったって予測に過ぎないし、結局は日々考え続けるしかない。

 

 

動くときは一生懸命に動き、考えるときはひとり静かに耽る。

 

大事なのは、人のお役に立つこと、周りを楽しませること、支えになり、一緒に暮らすこと。

 

 

それが僕にとって「はたらく」ということであり、「いきる」ということなのかなぁと思う。

 

 

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ピーコックのこと、ハットリー!のこと、自分自身のこともあるし日々あわただしくしてるけど、こうやって立ち止まって内側の声を聴く時間は大切にしていきたい。

 

 

健康に気をつけて、43歳も楽しく暮らそう。