鎧を脱ぐ場所


 

今日はなんだか、思いのある人がたくさん来た日だった。

 

介護福祉・子育て・地域経済・環境エネルギー・コミュニティ・政治などなど。

 

でもみんなあらかじめ言うでもなく、ほんとにふらっと来る。笑

顔や名前や思いを知っている人もそうだけど、もしかしたら僕は知らないだけでお客さんの中にもいるかもしれない。

 

 

それぞれがゆっくり寛いでいて、たまに声かけたり繋いだり。

偶然ばったりで立ち話したり。

チラシもたくさん貰った。

 

 

 

今はなき大坊珈琲店の大坊さんが、「喫茶店は鎧を脱げる場所。誰しもが何者でもない自分で居られる場所で在りたい。」って仰っていて、なんとなくそんな場所に近づけた気がした。

 

 

 

一時期の僕はあれこれ手広く手を出してたんだけど、農業にしろリノベにしろフェスにしろコミュニティにしろなんでも、どこへ行っても「この人には敵わないな」っていうくらい熱量のある人がいて、その度に僕は器用貧乏というか、突き抜けられない自分にやきもきしたもんです。 

 

 

最近は店に籠もって喫茶と文筆に勤しんでいるわけだけど、それでもこの5年で関わった人や出会った人がたまに訪ねてきては寛いで、ふらっと帰っていく場所を続けてこれたのはありがたいこと。

 

 

先頭に立って旗を振って率いていくみたいなことはやっぱりどうやっても敵わないので、駅横の路地で小さな喫茶店を営み、話を聞いたり、鎧を脱ぐ場所を守っていきたいなと思うわけです。

 

 

 

 

変わらない場所、顔、佇まい。

 

 

「一生懸命を笑え」っていうのはもしかしたら、自分のことに一生懸命な人たちが(鎧を脱いで)笑いあえる場所を守っていきたいということなのかもしれないですね。

 

 

( ※2021年10月26日のFacebook記事を転載 )