さて。
2019年も半分が過ぎ、色々と思うところあるわけです。
日々勉強したり本を読んでいるので、僕自身の知見もアップデートされています。
若い頃や以前なら見過ごしていたことも、ついつい「なんでやねん!」と突っ込んでしまうこともしばしば。
そんなわけで、ここんところ気になった「なんでやねん」を紹介したいと思います。
■ 第3位 >>
・七夕の短冊。子供の願い事はニコニコ眺めるのに、大人が夢語ったら反論されるのなんでやねん!
短冊は良いですね、シンプルに願い事書いてて。
「ウルトラマンになりたい」も「お金持ちになりたい」もみんなニコニコ眺めています。「もっとダンスが上手になりたい」なんて応援したくもなります。
ところがどっこい、大人が夢を語ると「そんなん無理や」とか「現実を見ろ」とか「周りはなんて言ってるの?」とかばっかり。
「この線から出ようとするな、私達もそれを守っているんだから」理論ですね。
大人も夢語ったったらええねん。
ちなみにウチの長男の願い事は「降りたことのない駅に、降りれますように。」でした。
最高です。
■ 第2位 >>
・子供の頃の「大人になったら何になりたい?」は自由解答だったのに、大人になるにつれて選択解答になるのなんでやねん!
本来は勉強したり経験したりで社会や世界はどんどん広がっていき、選択肢は増えていくはずです。たくさんの失敗も重ねて、なりたい!と、できる!のバランスを見極めながらあれこれと夢膨らんでいくはずですよね。
ところがどっこい、中2とか高2の進路相談とか三者面談とかでは「どれにするー?」くらいの勢いで選択を迫られますよね。どんどん選択肢というか可能性を限定されていく気がします。
やっぱりさ、これからどうしようと思ってるの?っていうのは選択肢や可能性を広げるための質問だと思うんですよね。
大人はそれを「どうやって実現できるか?」、「こういう世界もあるよ」っていうサポーターにだけなればいいやって思うんです。
偉そうに諭すんじゃなくって、「一緒に悩んでくれるおじさん」くらいがちょうどいいのかなと。
だいいち、時代を作っていくのは彼彼女たちですからね。
僕らの経験なんてほとんどが時代に淘汰されるやつで、普遍的なことを学ぶ機会だって殆どなかったじゃないですか。
ジャマしないように、サポートすることです。
■ 第1位 >>
・老後に2000万円。この時代に金額でしか価値を示すことができないってなんでやねん!
円で煽ったら円の争奪戦が激しくなるだけですよね。
ただでさえマッチョな世界がさらにマッチョになるだけです。
2000万円相当の不安を解消するために、長時間労働や満員電車、副業に振り回されたり、妙な焦りから余裕が無くなったりするはずです。
そんな状態の人が本当に100歳まで生きれるの?って思うんですよね。
本末転倒です。
なんで円で煽ろうとするかっていうのはまた別の話だとして。
でもさ、よく考えてみると、老後の暮らしに必要なものって2000万円じゃないですよね。
人によるとは思うけれど、僕の場合。
毎日の役割があって、周りに人がいて、頼られたり助けたりする間柄の関係があって。言葉が通じて、争いはなく、地域に愛があって。
こどもが走り回り、若者が騒いで、大人が笑いあって。
よく寝て、よく食べて、よく働いて。
無理をせずに余裕と尊厳を持って、健体康心で人に優しく。
それを手に入れるために、お金が必要な場合もあるし、時間が必要な場合もあるし、知見が必要な場合もある。
確かに、全部をお金を介して調達しようと思えば2000万円くらいかかるのかもしれない。でも、お金って相互信用の価値ですからね。
片方が「いや、お金じゃないよ」って言ってしまえば交換は不成立だし。
上に書いたようなこと、お金で全部買えるなんて僕は思えないので他の道を模索しているわけです。
そのあたりの真意をきちんと理解できていないと、お金をかき集めるために無理をする人たちが続出する気がします。
お金をかき集める人がたくさんいると上の人はやりやすそうですけどね。
みなさん。人生100年時代、老後に必要なのは助け合いです。
今のうちから助け合って、その基礎を築いておきましょう。
残業や長距離通勤せず、早く帰って語り合いましょう。
必要のないものは欲しがらず、時間を見つけては顔を出しましょう。
よく寝て、よく食べて、挨拶をしましょう。
こどもたちの未来に協力しましょう。
僕が政治家ならそんなこと言うけどなー。
経済界からは避難されそうだけど。笑
でも、今の経済は経世済民だとは思えない。
夢を語ろう、願い事をしよう。
悩み、学び、協力しよう。
助け合い、笑いあい、そんな時間を大切にしよう。